オークランドアスレチックス 松井秀喜選手
僕は両膝の手術を受けましたが小波津先生(神経筋無痛療法)と出会い今でも
元気にプレーすることが可能になりました。
今後もお世話になりたいと考えております。
今後もお世話になりたいと考えております。
阪神タイガース 平野恵一選手
阪神移籍1年目、試合中のケガで登録抹消を経験しました。当初1ヶ月固定で全治までには2ヶ月かかると診断されたのですが、小波津整骨院で施術していただくと 2週間程度で走れるようになり、かなりの早期復帰を果たすことができました。
誰も予想できないくらいの早い回復だったため、自分自身も周囲の人たちもすごく驚いていました。
今年で移籍5年目になりますが、何か気になることがあれば、すぐにこちらで施術していただき、1試合1試合ケガを恐れず思い切ってプレーすることができています。
誰も予想できないくらいの早い回復だったため、自分自身も周囲の人たちもすごく驚いていました。
今年で移籍5年目になりますが、何か気になることがあれば、すぐにこちらで施術していただき、1試合1試合ケガを恐れず思い切ってプレーすることができています。
兵庫 神野さん
僕は2006年1月に野手と交錯し左足くるぶし付近を骨折し骨折箇所にボルトを2本入れました。その後普通に野球のプレーなどはし、2006年11月にそのボルトを抜く手術をしました。
その後もプレーはしていましたが痛みが続き、4月21日に自宅近くの整形外科で左足くるぶし、左足首の甲の2ヵ所に痛み止めの注射を打ちました。その時から僕の左足は動かなくなっていました。注射を打った後椅子から立とうとした時に転倒しました。痺れていたりするわけでなく、目を閉じると膝から下がないような感覚でした。
そのような感覚がずっと続き、股の辺りまで感覚が無くなってしまい、松葉杖での歩行も困難になり、車椅子で生活することになりました。走っている途中でこけて、自分の足を見ると足が無くなっているという夢を2週間ぐらい毎晩見続けたりもしました。
そして少し経った頃、その時通院していた整骨院の先生に紹介していただいたのが、小波津先生でした。初めて通ったのが6 月6日でした。その頃の僕は「どこに行っても、もぉ一緒や。」などと正直思っていました。しかし、小波津治療院での初めての治療の時に、少し感覚のラインが動きました。その時に「この先生を信じて頑張ろう。」と思いました。そしてその日から悪くなったことも多少ありましたが、今までと比べると格段に良くなっていきました。
そしてその時僕は野球部の主将をしていました。僕の1番の目標は夏の大会に出場することだったので、必死でリハビリも続け、毎日のように小波津治療院にも通いましたが、結局夏の大会には間に合いませんでした。
しかしそこからも小波津先生や坂本先生に支えていただき、お盆を過ぎた辺りから、急激に良くなっていき、10月15日… 僕の足の感覚は全て戻り支えなしでも立てるようになりました。
正直、最初の頃は絶対もう治らないと思っていました。覚悟もしていました。医者からも今の医学では証明できないと見離され、本当に途方に暮れていました。しかし、そんな僕を救ってくれたのが小波津先生でした。
今ではサッカーをすることもでき、新年からはまた野球も始めたいと思っています。
小波津先生と坂本先生には本当に感謝しています。
平成19年12月28日(読売新聞 2008年3月2日の記事を掲載しています)
その後もプレーはしていましたが痛みが続き、4月21日に自宅近くの整形外科で左足くるぶし、左足首の甲の2ヵ所に痛み止めの注射を打ちました。その時から僕の左足は動かなくなっていました。注射を打った後椅子から立とうとした時に転倒しました。痺れていたりするわけでなく、目を閉じると膝から下がないような感覚でした。
そのような感覚がずっと続き、股の辺りまで感覚が無くなってしまい、松葉杖での歩行も困難になり、車椅子で生活することになりました。走っている途中でこけて、自分の足を見ると足が無くなっているという夢を2週間ぐらい毎晩見続けたりもしました。
そして少し経った頃、その時通院していた整骨院の先生に紹介していただいたのが、小波津先生でした。初めて通ったのが6 月6日でした。その頃の僕は「どこに行っても、もぉ一緒や。」などと正直思っていました。しかし、小波津治療院での初めての治療の時に、少し感覚のラインが動きました。その時に「この先生を信じて頑張ろう。」と思いました。そしてその日から悪くなったことも多少ありましたが、今までと比べると格段に良くなっていきました。
そしてその時僕は野球部の主将をしていました。僕の1番の目標は夏の大会に出場することだったので、必死でリハビリも続け、毎日のように小波津治療院にも通いましたが、結局夏の大会には間に合いませんでした。
しかしそこからも小波津先生や坂本先生に支えていただき、お盆を過ぎた辺りから、急激に良くなっていき、10月15日… 僕の足の感覚は全て戻り支えなしでも立てるようになりました。
正直、最初の頃は絶対もう治らないと思っていました。覚悟もしていました。医者からも今の医学では証明できないと見離され、本当に途方に暮れていました。しかし、そんな僕を救ってくれたのが小波津先生でした。
今ではサッカーをすることもでき、新年からはまた野球も始めたいと思っています。
小波津先生と坂本先生には本当に感謝しています。
平成19年12月28日(読売新聞 2008年3月2日の記事を掲載しています)
日本ハムファイターズ 真喜志康永コーチ
試合中に選手の放ったファウルボールを避けようとして腰を痛め、ノックを打つことはおろかまっすぐ立つことすらできない状態で、様々な治療を試みましたが結果が出ませんでした。
そして初めて小波津先生に治療してもらったところ、痛みは消え、その日にノックを打てるほどに回復したのです。
今では何か気になることがあればすぐに小波津先生に診てもらっています。
そして初めて小波津先生に治療してもらったところ、痛みは消え、その日にノックを打てるほどに回復したのです。
今では何か気になることがあればすぐに小波津先生に診てもらっています。
東北楽天イーグルス 山村宏樹投手
首を傷めてから、首の痛みとあわせ肩・肘に力が入らないという投手としては最悪のコンディションが何年も続き、球速も140キロも出ないという状態でした。
小波津先生を紹介してもらい、治療で怪我が治るだけでなく、治療を続けることで10キロスピードアップするとの話を聞き、早速治療を受けたところ、首の痛みは1度でほとんどなくなり、1年後には149キロまでスピードアップしました。
先生のおかげで、今シーズンは先発、中継ぎ、抑えと、フルで活躍出来ました。
小波津先生を紹介してもらい、治療で怪我が治るだけでなく、治療を続けることで10キロスピードアップするとの話を聞き、早速治療を受けたところ、首の痛みは1度でほとんどなくなり、1年後には149キロまでスピードアップしました。
先生のおかげで、今シーズンは先発、中継ぎ、抑えと、フルで活躍出来ました。
東北楽天イーグルス 藤井彰人捕手
今シーズン中に肘関節遊離体(ネズミ)になり、ボールを投げるどころか肘の曲げ伸ばしができなくなりました。
色々な治療をし、痛み止めの注射まで打ったにもかかわらずよくはなりませんでした。
小波津先生の話を聞いてもよくなるとは思ってなかったのですが、実際に治療を受けてみたところ1回の治療で痛みは消え、肘も動かせるようになったのです。
翌日にはボールを投げることもバットを振ることもできるようになっていました。
自分でも信じられないほどの回復ぶりのおかげで登録抹消を回避することができ、肘を動かすことができなかったという事実があったことさえまわりの選手やコーチが信用しなかったほどです。
色々な治療をし、痛み止めの注射まで打ったにもかかわらずよくはなりませんでした。
小波津先生の話を聞いてもよくなるとは思ってなかったのですが、実際に治療を受けてみたところ1回の治療で痛みは消え、肘も動かせるようになったのです。
翌日にはボールを投げることもバットを振ることもできるようになっていました。
自分でも信じられないほどの回復ぶりのおかげで登録抹消を回避することができ、肘を動かすことができなかったという事実があったことさえまわりの選手やコーチが信用しなかったほどです。

〒596-0053 大阪府岸和田市沼町31-12
| 診療時間 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 9:00~12:00 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | / |
| 15:00~20:00 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | / | / |





