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僕は2006年1月に野手と交錯し左足くるぶし付近を骨折し骨折箇所にボルトを2本入れました。その後普通に野球のプレーなどはし、2006年11月にそのボルトを抜く手術をしました。
その後もプレーはしていましたが痛みが続き、4月21日に自宅近くの整形外科で左足くるぶし、左足首の甲の2ヵ所に痛み止めの注射を打ちました。その時から僕の左足は動かなくなっていました。注射を打った後椅子から立とうとした時に転倒しました。痺れていたりするわけでなく、目を閉じると膝から下がないような感覚でした。
そのような感覚がずっと続き、股の辺りまで感覚が無くなってしまい、松葉杖での歩行も困難になり、車椅子で生活することになりました。走っている途中でこけて、自分の足を見ると足が無くなっているという夢を2週間ぐらい毎晩見続けたりもしました。
そして少し経った頃、その時通院していた整骨院の先生に紹介していただいたのが、小波津先生でした。初めて通ったのが6月6日でした。その頃の僕は「どこに行っても、もぉ一緒や。」などと正直思っていました。しかし、小波津治療院での初めての治療の時に、少し感覚のラインが動きました。その時に「この先生を信じて頑張ろう。」と思いました。そしてその日から悪くなったことも多少ありましたが、今までと比べると格段に良くなっていきました。
そしてその時僕は野球部の主将をしていました。僕の1番の目標は夏の大会に出場することだったので、必死でリハビリも続け、毎日のように小波津治療院にも通いましたが、結局夏の大会には間に合いませんでした。
しかしそこからも小波津先生や坂本先生に支えていただき、お盆を過ぎた辺りから、急激に良くなっていき、10月15日・・・僕の足の感覚は全て戻り支えなしでも立てるようになりました。
正直、最初の頃は絶対もう治らないと思っていました。覚悟もしていました。医者からも今の医学では証明できないと見離され、本当に途方に暮れていました。しかし、そんな僕を救ってくれたのが小波津先生でした。
今ではサッカーをすることもでき、新年からはまた野球も始めたいと思っています。
小波津先生と坂本先生には本当に感謝しています。
平成19年12月28日(読売新聞 2008年3月2日の記事を掲載しています)
入団当初から両足の肉離れが治りきらず、納得できるプレーができない状態でした。
小波津先生の話を聞き半信半疑で治療を受けたところ、瞬時に怪我の痛みや動き辛さがなくなるだけでなく、ボディバランスの改善を実感でき、さらにパフォーマンスも向上し、約10年振りに自分の理想とするプレーを実現できるようになりました。
今季限りで現役を引退することになりましたが、引退する寸前まで思い切ってプレー出来たのは、何かトラブルが起こってもすぐ治療してもらえるという安心感からでした。
試合中に選手の放ったファウルボールを避けようとして腰を痛め、ノックを打つことはおろかまっすぐ立つことすらできない状態で、様々な治療を試みましたが結果が出ませんでした。
そして初めて小波津先生に治療してもらったところ、痛みは消え、その日にノックを打てるほどに回復したのです。
今では何か気になることがあればすぐに小波津先生に診てもらっています。
首を傷めてから、首の痛みとあわせ肩・肘に力が入らないという投手としては最悪のコンディションが何年も続き、球速も140キロも出ないという状態でした。
小波津先生を紹介してもらい、治療で怪我が治るだけでなく、治療を続けることで10キロスピードアップするとの話を聞き、早速治療を受けたところ、首の痛みは1度でほとんどなくなり、1年後には149キロまでスピードアップしました。
先生のおかげで、今シーズンは先発、中継ぎ、抑えと、フルで活躍出来ました。
今シーズン中に肘関節遊離体(ネズミ)になり、ボールを投げるどころか肘の曲げ伸ばしができなくなりました。
色々な治療をし、痛み止めの注射まで打ったにもかかわらずよくはなりませんでした。
小波津先生の話を聞いてもよくなるとは思ってなかったのですが、実際に治療を受けてみたところ1回の治療で痛みは消え、肘も動かせるようになったのです。
翌日にはボールを投げることもバットを振ることもできるようになっていました。
自分でも信じられないほどの回復ぶりのおかげで登録抹消を回避することができ、肘を動かすことができなかったという事実があったことさえまわりの選手やコーチが信用しなかったほどです。